昭和肥料の施肥プランは
いかがでしたか?

インタビュー

RESPONSES


全国各地で行った講演会や相談会のご感想、
昭和肥料の施肥プランを導入していただいたお客様のインタビューを掲載します。


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富山県高岡市/樽蔵産業株式会社 社長 石王 誠さん

農業を始められたきっかけは?

私の家は、先祖代々農家の家系で私で6代目となります。
小学生のころから家業を手伝ううちに、大好きな農業を仕事にしたい強い意志を抱いていました。
県内の農業高校に入学したのですが、その時に今のままの農業のやり方では職業として自立するのは難しいと感じました。
兼業農家となるのは嫌でしたが、専業農家だと作業期間が6カ月しかないと思ったからです。
農業高校卒業後さらに2年間学校に通っていた時に地元の漬物製造会社でバイトとして働くご縁に恵まれました。
初めてバイトに行き、食品の加工を経験し「これだ!」と感じた体験が今日の業務に繋がっています。

農業経営について考えておられることは?

これから自分が農家として経営していく事を考えたとき、今後米の相場が上がるとは考えられませんでした。
そこで農家がやりたがらない前述の6次産業が強みになると思い、24歳で会社を立ち上げました。右も左も分からない状態からのスタートで、試行錯誤の連続でしたが、現在作付面積は10haから80haまで拡大しました。

6次産業のかぶらずし製造は、納得できる商品としての形ができるまでに10年の歳月を要しました。
甘酒作りで培った独自の麹の技。素材は丹精こめた自家製の米・かぶを使用。お客様に選んでいただける「非日常を演出する魅力ある製品作り」のため、他社では真似できないことに専念しています。

ここまでやって来られたのは、私一人の力ではなく、一緒に働いてくれる従業員がいたお陰だと思っています。経営者の大切な役割は、従業員となる方々に働く場所を提供する形を作ることだと考えているので、残業をなくしたり、終礼を取り入れたりと仕事もメリハリをつけました。

「農業だからこうだ」という考えに囚われない考え方と、新規事業を始める前に今取り組んでいることでしっかりと結果を出してから次の取組みに挑むことが大切だと思っています。

昭和肥料との出会いと肥料を使い始めたきっかけは?

この辺の土地は、地面がでこぼこだったり、川があったり、沼地のようになっていたりと場所ごとに特徴が異なるため、肥培効果も安定せず、委託地での安定生産は困難の連続でした。

そんな折、昭和肥料さんの販売店である親友から、昭和肥料さんを紹介してもらいました。
昭和肥料さんのお話は全て提案型です。
最初にお付き合いを始めた時も、土壌診断に基づき、症状を判断してくださりました。
土壌診断から出た結果や提案は全て事実であるため、非常に参考になりました。
お勧めしていただいた肥料を使用してからは、土壌も回復し、収量の安定や病気の改善、お米の品質向上に繋がっています。
お付き合いして15年程になりますが、とても話しやすく今でも毎年相談に乗っていただいています。

また、私の場合会社から近いのは非常に助かっています。
トラックで伺い直接肥料を受け取ることもあり、効率的に作業にかかれています。

農地に関するお悩みをお持ちの方へ

経営を成り立つようにしようと考えた時に、経営者として資材等の経費はできる限り抑えたくなるものです。
その中で土壌改良に関わる肥料代を節約するという考えになる場合もあるかと思います。

しかし、土は手をかけるとその分結果が出る正直なものです。必要な物は必要であると確認して使用し、安定的な収量を確保するためにも、土壌や肥料の専門家である昭和肥料さんにご相談されると良い結果に結びつくと思います。
農業に関するあらゆる相談に対して、診断結果や実績から相談に応じてくださると思いますので、安心、信頼して任せていただければ良いと思います。